大判例

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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4846号 判決 1995年11月20日

控訴人

極東証券株式会社

右代表者代表取締役

菊池廣之

右訴訟代理人弁護士

宮山雅行

井田吉則

海野秀樹

被控訴人

水谷脩佑

右訴訟代理人弁護士

溝口敬人

伊藤茂昭

平松重道

岡内真哉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、以下のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表五行目及び同四枚目表一一行目の各「決裁」を「決済」に改め、同五枚目表一〇行目末尾の次に「これは、甲野が被控訴人に交付した書面が、控訴人会社の正規の書類ではなく、単に裏に借用書と記載した甲野の名刺にすぎず、その記載内容も借用した金員に利息を付して返済するというものにすぎないことからも明らかである。」を、同裏五行目の「したがって、」の次に「僅かの間に投資資金に対し二五ないし四〇パーセントの利息ないし利益が確定的に付くことを約して金員を預かった」をそれぞれ加える。

2  同八行目の「原告は、」を「被控訴人は、控訴人と継続的に証券取引を行っていた者であるから、確定的に利益が得られるという甲野の前記説明にかかる取引が証券取引にあるはずもないと理解できたはずであり、また、現金の授受にあたって、控訴人会社の正規の書類は交付されず、前記のとおり単に名刺の裏に借用証と記載したものが交付されるだけであったから、」を加える。

第三  判断

一  甲野の不法行為について

1  甲野が控訴人新宿支店の営業担当者であったものの平成五年五月二一日付けで懲戒解雇となったことは当事者間に争いがなく、右事実及び証拠(甲一ないし一七、二二、乙二の1ないし28、一一、証人田中潤一(ただし、乙一一及び右証人については後記措信しない部分を除く。)、同内村津義、被控訴人本人)によれば、甲野は昭和六二年四月に控訴人に入社し、当時、新宿支店の営業第一課係長であったこと、被控訴人は控訴人新宿支店と同じビル内にある製薬会社に勤務する会社員であるところ、右新宿支店との間で、昭和六〇年ころから株式取引を始めていたこと、平成元年一月からは甲野を担当者として取引をし、同じく甲野を担当者として取引をしていた同僚の内村津義(以下「内村」という。)と時折、資金を融通しあうなどしていたこと、平成四年一〇月、内村は、甲野から電話で、請求原因2記載のとおり、自分は大口顧客からワラントの購入を依頼されて買付けを担当しているが、右大口顧客の枠を超えてこれを購入してしまったので資金を入れないと決済することができず、このままでは自分の成績にペナルティが付いてしまう旨、しかし、かなりの利益が出ているので、二週間後には二〇万円の利息を渡せるから、今日の午後二時までに一二〇万円を都合してほしい旨の申入れを受けたこと、そこで、内村は隣席の被控訴人に相談のうえ甲野の申入れに応ずることとし、控訴人新宿支店を訪ね、同支店の応接室で甲野に一二〇万円を交付したところ、約二週間余を経て、甲野から約定どおり一四〇万円の返還を受けたこと、同年一二月二二日ころ、甲野が内村に対し、電話でワラントの有利な話があるので一〇〇万円投資しないかと勧誘してきたことから、今度は被控訴人がこれに応ずることとし、控訴人新宿支店の応接室で甲野に対し一〇〇万円を交付し、平成五年一月八日に一二〇万円の返還を受けたこと、被控訴人は、同年一月一二日、再び甲野から、前同様の理由で、大口顧客の口座を利用してのワラントの取引として投資を勧誘されたため、内村と二人で一〇〇万円を工面して甲野に交付し、同月二一日に、甲野から一二〇万円を返還されたこと、その後、被控訴人は、甲野から、前同様、ワラントへの有利な投資であると言われて、請求原因1①ないし⑧記載のとおり、同月二二日から同年三月一五日までの間、八回にわたり内村からその一部の資金提供を受けて、被控訴人の名において甲野に対し、合計金一〇二九万九〇〇〇円を交付したこと(以下「本件取引」という。)、この間、被控訴人や内村は、甲野から、大江という大口顧客につき五〇〇〇万円の資金でのワラントの取引を担当しており、その口座を利用しての取引である旨、ワラントは株よりも値動きが大きく簡単に大きな利益が得られる旨、自分は三菱信託銀行のチーフから情報を流してもらっているから下がることはなく大丈夫である等、あたかも有利な情報を得ながら真に大口顧客の口座で大量のワラントの取引を担当しているかのような説明を受け、右取引へ投資した資金は、いずれも数日からおよそ一か月先を決済日とし、その間の利息としておよそ元金の二五パーセントないし四〇パーセントに相当する金額が付加される旨明言されたこと、被控訴人は、右取引の間、甲野から、当初の返済予定の日に約定の元利金の返還を受ける代わりに、更に元利金を再投資に充てるよう勧められたため、いずれもその都度返還を受けることなく、さらに再投資として金員を交付していたものであること、しかし、同年四月ころ、被控訴人が資金を必要とする事情が生じたことから、甲野に対し、決済予定日とされていた日に返還するよう要請したところ、甲野は大口顧客である大江の判をもらえないなどと弁解して返済に応じなかったこと、そのころ、控訴人において、甲野が顧客から資金の提供を受けて不正に着服しているとの疑惑が発生し、甲野の事情聴取を始めたほか、被控訴人や内村等の関係の顧客からも事情を聴取して調査したこと、その結果、甲野が約一〇名の顧客から取引名下に金員の交付を受けて、合計数千万円を不正に着服していたことが判明し、同人は同年五月二一日付けで懲戒免職になったことが認められる。

2  これに対し、控訴人は、本件取引は、甲野が被控訴人から個人的に金員の借入れをしていたものにすぎず、甲野が職務行為の一環であるかのような説明をして金員を交付させたものではない旨主張する。そして、控訴人本店営業考査部次長である証人田中潤一は、甲野は事情調査において、被控訴人から個人的に金員を借用していたと述べた旨供述し、同人作成の陳述書(乙一一)にも同趣旨の記載部分があるほか、被控訴人は、前記取引の過程で、甲野から、裏に借用書として利息を付して返済する旨記載した名刺しか交付されていなかったこと(甲一ないし七、被控訴人本人)が認められる。

しかし、右陳述書は、不正が発覚して事情聴取を受けた際の甲野の弁解を記載したものにすぎず、なんら客観的な証拠に基づくものではないうえ、被控訴人が同席して事情聴取が行われたものでもないことに照らせば、前記記載部分は容易には措信できない。また、被控訴人や内村は、甲野から、大口顧客の口座を使い、甲野に任された枠を利用して取引をするので、その顧客宛ての取引書類しか発行できず、被控訴人宛の正式書類は発行できないが、控訴人の従業員としての甲野の名前で借用証を作成するとの説明を受けて前記の名刺の交付を受けたこと、そして、後日、被控訴人から投資した金員の返還を要求された際、甲野は、四三〇〇万円余の金額を印字した控訴人宛の受領証用紙(甲一四)及び「オオエテルヒコ」名の取引明細書(甲一五)を提示し、甲野の説明する大口顧客口座による取引が実際になされているから間違いないと説明したこと(甲一四ないし一六、証人内村、被控訴人本人)に照らせば、甲野が右借用証と記載する書面を交付していたことをもって、甲野が被控訴人に対し、前記認定のとおり大口債権者の名でのワラントへの投資であるとの虚偽の説明をして本件取引をしたとの前記認定を覆すに足りないというべきであり、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

二  控訴人の使用者責任

1  甲野の前記行為の業務執行性

控訴人は、甲野が被控訴人に対し、前記のとおりあたかもワラントの取引の資金であるかのような虚偽の説明をして本件取引をしたことにつき、証券会社が、特定の顧客の利益を図るために他の顧客の取引口座を利用して当該顧客から資金を預かったり、預かった資金を運用して一定の利息ないし既に確定している利益を当該顧客に支払うことを約束する等の業務を行っていないから、本件取引は控訴人の業務の執行につきなされたものとはいえない旨主張する。

しかし、甲野が被控訴人や内村に対し持ち掛けた前記内容の投資の勧誘は、本来、証券会社が行う公認の証券取引の形態には当たらないとしても、証券会社が証券取引で損失を受けた大口顧客等に対し、正規の証券取引ではあり得ない確定的な利益の保証や損失補損をしたこともなかったわけではないこと(公知の事実)に照らせば、本件取引が、リスクを伴う通常の証券取引ではないとの一事をもって、一概に控訴人の業務の執行としてなされたことを否定することはできないというべきである。そして、前記認定のとおり、甲野は被控訴人に対し、大口顧客から任されているワラントの取引について、枠を超えて行った取引の決済資金に充てるものであるとの説明を繰り返しているものであり、あくまで証券取引の一形態という外観をとっているうえ、被控訴人や内村の取引担当者であった甲野が、控訴人の営業時間帯に内村や被控訴人に出資を勧誘し、金員の授受も控訴人新宿支店の応接室で公然と行ったものであること、また、甲野は、平成四年一〇月、一五〇万円の余裕があるので投資に値するいい情報があれば教えて欲しい旨申し出た内村に対し、これに対応する情報であるかのように、本件の話を持ち掛けたこと(証人内村)、本件取引についての電話連絡は控訴人営業部の自席にいる甲野との間でも行われていたこと(同証人)に鑑みれば、甲野と被控訴人との本件取引は、客観的、外形的にみて控訴人の業務の執行についてなされたものであり、また、甲野の職務の範囲内に属する行為と認めることができる。

控訴人の前記主張は採用できない。

2  被控訴人の悪意または重過失の有無について

控訴人は、被控訴人が、甲野のした本件の出資の勧誘行為が同人の職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたか、あるいはそれを知らなかったことにつき被控訴人に重大な過失があると主張する。しかし、被控訴人において、甲野がその権限を濫用し、被控訴人から交付された金員を個人的な用に供していることを知っていたと認めるに足りる証拠はない。また、控訴人は、被控訴人は製薬会社において医薬マーケッティング総括部市場調査部担当課長として社会的経験が豊かな人物であり、しかも昭和六〇年から控訴人と継続的に証券取引を行っている者であるから(甲一六、乙二の1ないし28)、他人口座を利用した証券取引や、一か月足らずの間に投資資金の二五ないし四〇パーセントの割合の確定利息がつくなどという証券取引は存在するはずもないことは容易に理解できるはずであり、また、従前の取引とは異なり、控訴人の正規の受領証等は一切なく、裏に借用証として返済金額を記載した名刺しか交付されないのであるから、被控訴人が本件取引を控訴人の正規の取引と信じたことには重大な過失がある旨主張する。しかし、後記のとおり、被控訴人には、甲野の言を信じたことにつき過失があったことは否定できないものの、前記認定のとおり、被控訴人は、平成元年から甲野を通して継続的に証券取引を行っている関係上、甲野を信頼しており、また、同人とのこれまでの取引上の付き合いから本件取引のような有利な取引機会の提供をも取引の一環と受け取りやすい状況にあったこと、甲野が業務時間帯内に、所属の営業部の自席から被控訴人や内村に連絡を取って情報を伝え、金員の授受も公然と被控訴人の応接室で行われたものであること、通常授受される受領証等の書類がないことについても、甲野から、大口顧客の口座を利用した取引であるから控訴人としては右顧客宛にしか正規の書類を発行することができないとの趣旨の説明を受け、その代わりとして控訴人名の肩書を付した借用証の交付を受けていたものであることに加え、被控訴人は、本件取引以前、甲野から勧められ、控訴人が自己売買している株式を時価より安価で購入し、数日で五万円の利得を得た経験を有していること(証人内村)、そして、前述のように、証券会社が損失補填を行っていることが話題になっていた当時の状況に照らせば、ワラントに関しては取引経験がなく、その知識も持ち合わせていなかった被控訴人が、ワラントは株より値動きの幅が大きく有利な商品である等の甲野の説明を受け、確定的な利息が短期間で付くことも不審に思わず金員を交付したことも理解できないではないというべきであって、被控訴人において、甲野の前記認定のとおりの出資の勧誘話が虚偽のものとは考えず、ワラントの取引代金に充てられるものと信じて本件取引をしたことに重大な過失があったとまでいうことはできない。

三  過失相殺について

前記のとおり、被控訴人が本件取引において甲野から交付された書面の形態が通常の取引の際に交付される控訴人発行の受領証等の正式な書類ではなく、単に、裏に「借用証」という標題で、借用した金額及びこれに利息を付して返済する旨をメモ的に記載した名刺にすぎず、しかも、金員を交付した際、その都度、交付金額を明記したものを交付されるわけでもなかったこと(甲一ないし七、甲一六、被控訴人本人)や、甲野の説明する本件取引が、わずかの期間できわめて高利回りの利益が確定的に付くという異常な内容のものであったことを鑑みると、右のような利益を得られる理由を甲野から前記認定のとおり説明されていたことを考慮しても、社会的経験も豊かで証券取引等の経験もある被控訴人が、甲野の説明を信じて金員を交付したことは軽率というべきであり、過失があったことは否定できない。

以上の諸事情を考慮すると、被控訴人が甲野から詐取された金一〇二九万九〇〇〇円についてのその一部である一〇〇〇万円の損害賠償請求については、過失相殺の結果、控訴人に対し四〇〇万円の支払を命ずるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、被控訴人の本件請求は金四〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、右と趣旨を異にする原判決を右のとおり変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)

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